インターネットという媒体を利用しようとしたとき、利用者は必ずサーバーを通して情報を発信することになる。これは、テレビやラジオを利用しようとしたときに放送局を、電話を利用しようとしたときに電話局を、郵便を利用しようとしたときに郵便局を利用することになるのとよく似ている。
第2章で述べたとおり、インターネットは、これら既存の媒体と違って、個人では実現不可能なインフラを必要とすることなく、多量の情報を発信できる。そして、例えば、放送については、無線局を開設すればできないことではないが、既存の媒体は厳しい規制の下にあるのに対し、インターネットについての規制に関する法整備は遅れている。
また、現行の公職選挙法でも、多量に情報を発信することになる媒体を利用することに関しては、厳しく制限されている。例えば、放送の場合は政見放送や政党によるCMに限られる。電話は、第三者による運動が許されるとはいえ、費用面での厳しい制限がある。郵便による運動も、選挙はがきという形で、量的な制限がかかっている。新聞、雑誌の利用についても、法定条件が定められている。
さらに、インターネットという新しいメディアは、第3章で述べたとおり、過去10年を振り返っただけでもめざましい発展を遂げており、今後、どのような技術的な革新がもたらされるか、予想は困難である。しかし、インターネットという媒体を利用するとき、利用者は必ずサーバーを通して情報を発信することに変わりはないであろう。というより、この特徴からはずれるものは、インターネットとは別の媒体と考えるべきだろう。
ここで、もし、インターネットを利用した選挙運動を、候補者それぞれがサーバーを開設もしくは契約することを許して解禁したならば、既存の媒体で制限されているような規制はほとんど不可能になる。
しかし、インターネットを利用した選挙運動を、選挙管理委員会が設置した公営サーバーを通してのみの情報発信で解禁したとしたら、量的な制限も、質的な制限も、時間的な制限も可能なのである。そして、候補者間の不公平を解消し、公正な選挙の実現に近づけると考えられる。
このように、私の公営サーバー必須論は、インターネットという媒体の特徴から考え、得られたものである。
本章では、具体的な事例を挙げながら、公営サーバー必須論を展開したい。
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