研究会の報告書は3章で構成されており、第一章で「現状の分析」、第二章で「インターネットと選挙運動規制」、第三章で「インターネットを選挙運動手段として位置づける場合の検討事項」について記述されている。
私が問題とする「公営制度は設けないことが適当であるとの結論」は、第3章IVにて、選挙管理委員会の役割についての報告の中で、以下のように述べられている。
「本研究会では、インターネットによる選挙運動に関して、候補者のホームページを選挙管理委員会のサーバーに設置するなどの公営制度は設けないことが適当であるとの結論に達した。」
なぜ、このような結論に達したのであろうか?
この一文の一つ前の段落に、次のような記述がある。
「インターネットの効用をできるだけ制限しない方向で選挙運動に導入しようという研究会の基本的な考え方に基づいて、公営という発想自体がインターネットによる選挙運動には馴染まないという意見が主流であった。」
私が持論とする公営サーバーの設置による効用は後述するが、公営という発想によりインターネットの効用が制限されてしまうという論理が、当初、私には理解できなかった。
そこで、もう一つ前のセンテンスを読み返すことにする。
「選挙公営を行うと、容量や規格が統一化されざるをえず、そのため、候補者のホームページが画一化され、候補者の個性的な訴えかけが不可能になるといった問題点がある。」
公営という発想が選挙運動に馴染まないとする意見の根拠がここに記述されているが、私にとって、このセンテンスはますます意味不明である。
まず前半。「選挙公営を行うと、容量や規格が統一化されざるをえず」の部分であるが、容量や規格が統一化されることは、選挙の公正を確保するとの公職選挙法の趣旨に適い、むしろ望ましいことである。
次に後半であるが、容量や規格を統一化することで、候補者のホームページが画一化され、構成的な訴えかけが不可能になるとの論理であるが、そのような因果は考えられない。
次節では、研究会がこのような論理を記述することになった経緯を理解するため、議事録を検証することにする。
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